輸出ビジネスにおける知的財産権のリスク管理と水際対策に関する実務解説 |通関士資格所有の輸出管理・税関事後調査に強い弁護士

輸出ビジネスにおける知的財産権のリスク管理と水際対策に関する実務解説

はじめに―相談事例

【相談者】

千葉県内で輸入雑貨のセレクトショップを経営されているTさん。

Tさんは、国内で独自に開発したオリジナルブランドの生活雑貨を、東南アジアや北米市場へ輸出する事業を計画されています。

【相談内容】

「これまで輸入業務を中心に活動してきましたが、自社ブランドの製品を海外へ展開することになりました。日本国内では商標登録も済ませており、意匠権も取得しているため、知的財産については万全だと思っていました。ところが、輸出の準備を進める中で知人から、日本で権利を持っていても海外では通用しないと聞き、驚いています。もし、輸出先の国で誰かが先に同じ名前を使っていたらどうなるのでしょうか。また、日本の税関で輸出を止められることもあると聞きましたが、それはどのような場合でしょうか。自社の製品を適正に輸出するために必要な法律知識と、リスクを回避するための具体的な手段を教えてください」

このようなTさんの悩みは、海外進出を志す多くの企業が直面する、いわば知財の壁です。

 

知的財産権の属地主義と「無権利」状態のリスク

日本企業が海外へ製品を輸出する際、まず理解しなければならないのが、知的財産権の「属地主義(ぞくちしゅぎ)」という大原則です。これは、特許権や商標権などの知的財産権が、その権利を付与した国の領土内でのみ効力を有するという原則です。

日本の特許法や商標法は、日本国内での独占的な権利を保証しますが、国境を一歩出ればその効力は消失します。関連する基本的な考え方は、パリ条約などの国際条約にも反映されています。

 

商標法第2条(定義等)

この法律で「商標」とは、人の知覚によつて認識することができるもののうち、文字、図形、記号、立体的形状若しくはこれらと色彩の結合、音その他政令で定めるもの(以下「標章」という。)であつて、次に掲げるものをいう。

一 業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用をするもの

二 業として役務を提供し、又は証明する者がその役務について使用をするもの

 

Tさんの事例において、日本で商標登録をしていても、輸出先の国(例えばタイやアメリカ)で商標登録をしていない場合、その国においては「無権利」の状態となります。それだけでなく、現地の第三者が既に類似の商標を取得していた場合には、Tさんの輸出行為そのものが現地の法律における「商標権侵害」を構成し、損害賠償請求や製品の没収といった甚大な損害を招くことになります。

 

輸出先での「商標トロール」と冒認出願への対策

輸出ビジネスにおいて特に警戒すべきなのが、第三者が悪意を持って他者のブランドを先取りして登録する「冒認出願(ぼうにんしゅつがん)」です。いわゆる「商標トロール」と呼ばれるブローカーは、日本で人気のあるブランドや、将来的に海外展開しそうなロゴを調査し、現地の特許庁へ先に申請を行ってしまいます。

この状態でTさんが製品を輸出すると、以下のような法的トラブルが発生します。

 

1.現地の税関における輸入差止

現地の権利者(トロール)が税関に対して輸入差止申立を行い、Tさんの貨物が現地の港で長期間留め置かれたり、廃棄を命じられたりするリスク。

2.多額のライセンス料や買い取り請求

「権利を侵害している」として、不当に高額なライセンス料の支払いや、商標権の買い取りを要求されるリスク。

3.ブランドイメージの毀損

現地の消費者がトロールの粗悪な製品を本物と誤認し、Tさんのブランド価値が低下するリスク。

 

このような事態を避けるためには、輸出を検討し始めた段階で、ターゲット国における「商標クリアランス調査」を必ず実施しなければなりません。先行する商標が存在しないかを確認し、速やかに自ら現地での出願を行うことが、予防法務の第一歩となります。

 

特許侵害とFTO調査の重要性

技術的な特徴を持つ製品を輸出する場合、特許権の侵害にも細心の注意が必要です。自社開発のオリジナル製品であっても、その技術要素が現地の既存の特許権に抵触していないかを調査することを「FTO(Freedom to Operate)調査」と呼びます。

 

特許法第68条(特許権の効力)

特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。

 

この条文は、特許権者に強力な独占権を与えています。輸出先の国で他者が同様の特許を保有している場合、Tさんが日本で製造して輸出した製品は、現地での「販売」や「使用」といった行為が特許侵害とみなされます。

特に、以下の点に注意が必要です。

 

・部品や中間製品の侵害

完成品だけでなく、使用されている特定の部品やプロセッサ、制御ソフトウェアなどが他者の特許を侵害している場合でも、製品全体の輸出が困難になることがあります。

・OEM生産の責任所在

海外のブランドから委託を受けて製造・輸出する場合であっても、製造者であるTさんは侵害責任を免れません。「指示通りに作っただけ」という抗弁は、権利者に対しては通用しないため、契約書において知財補償条項を明確に定める必要があります。

 

日本国内での水際対策:関税法による輸出差止制度

従来、知的財産権の侵害に対する税関の取り締まりは「輸入」が中心でしたが、近年の法改正により「輸出」に対する規制も大幅に強化されています。Tさんの製品が、もし国内の他者の権利を侵害していると認定された場合、日本の港や空港から発送する段階で差し止められる可能性があります。

根拠となるのは関税法第69条の2第1項第3号です。

 

関税法第69条の2第1項第3号(輸出してはならない貨物)

第1項 次に掲げる貨物は、輸出してはならない。

九 特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、著作隣接権又は育成者権を侵害する物品

 

この規定に基づき、日本の権利者は自らの権利を侵害する可能性のある貨物が輸出されようとする際、税関長に対して「輸出差止申立」を行うことができます。税関長は、申立を受理した後、実際の貨物が権利を侵害しているかどうかを確認する「認定手続」を開始します。

この認定手続において侵害物品と判定されると、貨物は没収され、廃棄処分等の厳しい措置が執られます。また、輸出者に対しても、関税法上の罰則(十年以下の懲役若しくは三千万円以下の罰金、又はその併科)が科される恐れがあります。

 

このように、植物の品種を守る育成者権から、デジタルコンテンツの著作権まで、広範囲にわたる権利が水際で保護されています。Tさんが輸出する雑貨に、他社のキャラクターが描かれていたり、他社の特許技術が許可なく使われていたりする場合、日本の税関でビジネスが頓挫するリスクがあるのです。

 

育成者権と「種苗法」改正に伴う輸出制限の強化

農業に関連する製品や、特定の植物を用いた雑貨などを扱う場合に特に注意が必要なのが、育成者権の保護です。近年、日本の優良な植物品種が海外へ流出し、現地で栽培されて逆輸入される等の問題が深刻化したため、改正種苗法により輸出制限が厳格化されました。

 

種苗法第2条第5項(定義等)

第7項 この法律において品種について「利用」とは、次に掲げる行為をいう。

一 その品種の種苗を生産し、調整し、譲渡の申出をし、譲渡し、輸出し、輸入し、又はこれらの行為をする目的をもって保管する行為

 

登録品種の育成者権者は、特定の国への輸出を制限することを条件として品種登録を行うことが可能です。もしTさんが、輸出制限がかかっている植物の種子や苗、あるいはその一部を原材料とする製品を、制限対象国へ輸出しようとした場合、輸出が差し止められることになります。

 

戦略的な知財武装:予防法務としてのステップ

輸出ビジネスにおける知財リスクを最小化するために、Tさんが取り組むべき具体的なステップを以下に整理します。

 

1.ターゲット国での先願調査

輸出を開始する少なくとも半年前には、現地の特許庁データベースを活用し、類似の商標や特許が存在しないかを確認します。これには現地の弁理士や専門家との連携が不可欠です

2.国際出願制度の活用

複数の国に効率的に出願するために、マドリッド協定議定書(商標)や特許協力条約(特許)に基づく国際出願制度を利用します。これにより、一括した手続きで多国間の権利確保を目指すことができます

3.税関における権利情報の確認

自社の権利が他者に侵害されている場合は、自らも税関へ差止申立を行うことで、模倣品の流出を防ぎます。逆に、他者の権利を侵害していないことを証明するためのエビデンス(非侵害鑑定書など)を事前に準備しておくことも有効です

4.契約書の知財条項の精査

代理店契約や販売店契約を交わす際、商標の使用許可範囲、侵害発生時の通知義務、責任分担、準拠法および紛争解決条項を厳密に定めます

 

以下の表は、輸出前の知財リスクチェック項目です。実務の管理シートとしてご活用いただけます。

 

【輸出開始前の知的財産権リスクチェックシート】

チェック項目|確認内容|実施状況

商標クリアランス|現地で同一又は類似の商標が登録されていないか|済・未

商標権の確保|自社ブランドの現地出願は完了しているか|済・未

特許・意匠調査|現地の先行権利を侵害する恐れはないか|済・未

種苗法関連の確認|原材料に輸出制限対象の植物が含まれていないか|済・未

ライセンスの有無|他社技術を使用している場合、輸出許可を得ているか|済・未

契約書の補償条項|侵害発生時の責任の所在が明確になっているか|済・未

警告書の準備|模倣品を発見した際の法的対応フローがあるか|済・未

 

専門家としての法的視点とサポート体制

知的財産権と輸出管理の交差点は、極めて専門性が高く、かつ刻々と変化する国際情勢の影響を受けやすい領域です。単に「特許を取る」という行為だけではなく、それがビジネス全体のサプライチェーンの中でどのように機能するか、という戦略的な視点が求められます。

当事務所では、代表弁護士が通関士の資格を有しており、以下のような一気通貫のサポートを提供しております。

 

1.輸出前の知財リスク診断

Tさんのような事業者に対し、製品の特性に応じた各国の法制度調査を行い、侵害リスクを判定します。特に、税関での輸出差止を受けないためのリーガルチェックを重視しています

2.海外商標出願のコーディネート

世界各国の提携事務所と連携し、冒認出願に対する異議申し立てや、戦略的な商標ポートフォリオの構築を支援します

3.警告書・訴訟への迅速な対応

万が一、海外の権利者から警告書が届いた場合、現地の法律に基づいた適切な回答書を作成し、紛争の早期解決を図ります。また、日本の税関での認定手続における意見書作成も行います

4.AEO制度への適合支援

安全な輸出入者として認定されるAEO制度において、法令遵守体制の一部として知財管理体制の構築をサポートします

 

弁護士を戦略パートナーとして活用することで、Tさんは「売れてから考える」のではなく、「売れるための安全な土壌」を事前に整えることが可能となります。これは、長期的なブランド価値の維持に直結します。

 

結論:知財武装なしの海外展開は無謀

「自社開発だから大丈夫」という思い込みは、厳しい国際競争の中では通用しません。製品が市場に出た瞬間から、模倣や権利侵害の荒波にさらされることになります。輸出ビジネスを成功させるためには、各国の知的財産制度を深く理解し、事前に法的な障壁を排除しておく「予防法務」が不可欠です。

Tさんのように、日本から優れた製品を世界へ届けようとする情熱は尊いものです。その情熱を形にするために、知財という盾と矛を正しく持つことが、経営者の責務であると言えます。

輸出入や通関に関するトラブル、知的財産権を巡る紛争、税関対応等でお悩みの場合には、ご遠慮なく当事務所までご相談ください。輸出管理と知的財産権の両面に精通した専門家として、皆様のグローバルビジネスを全力でバックアップいたします。

お悩みをご相談いただくことで、不必要なトラブルを回避し、安心して海外展開に集中できる環境を整えることができます。皆様からのお問い合わせを、心よりお待ちしております。

この記事の監修者

代表弁護士 有森 文昭弁護士 (東京弁護士会所属)

ARIMORI FUMIAKI

東京大学法学部及び東京大学法科大学院卒。弁護士登録後(東京弁護士会所属)、都内法律事務所で執務。都内法律事務所での執務時に、税関対応・輸出入トラブルをはじめとした通関・貿易に関する問題、労働問題等を中心に100件以上の案件に携わる。その中で、通関・貿易に関する問題についてより広く網羅的な知識を取得し、より高品質なリーガルサービスを提供したいと考え、通関・貿易関係の国家資格である通関士の資格を取得。

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