海外出張時のハンドキャリー輸出トラブルを回避した事例
輸出安全管理体制の構築目次
1 事案の概要
自動車部品メーカーから、海外工場で発生した設備トラブルへの緊急対応について相談を受けた事例です。
同社では、海外工場の生産ラインで不具合が発生し、日本本社の技術者が急遽現地へ出張することになりました。技術者は、現地でのトラブルシューティングに必要な交換用の試作部品と計測器をスーツケースに入れ、空港から出国しようとしました。
ところが、出国時の税関検査で呼び止められ、税関職員から必要書類の携行を確認されました。技術者は、業務用の部品や計測器を携行していたものの、該非判定書や非該当証明書、インボイス等を持参していませんでした。
その場で技術者から本社へ緊急連絡が入り、本社法務部から当事務所へ相談がありました。
| 項目 | 内容 |
| 依頼者 | 自動車部品メーカー |
| 従業員規模 | 約1000名 |
| 発生場所 | 空港の税関検査場 |
| 携行品 | 交換用の試作部品、計測器 |
| 目的 | 海外工場でのトラブルシューティング |
| 問題点 | 非該当証明書等を持参していなかった |
| 緊急性 | 技術者が出国直前に足止めされた |
2 ハンドキャリーでも「輸出」に当たる
本件でまず重要なのは、スーツケースに入れて持ち出す場合でも、業務用の部品や機器であれば輸出管理の対象になり得るという点です。
経済産業省は、貨物を本邦から外国に向けて航空便等で送付する場合だけでなく、ハンドキャリーで持ち出すことも貨物の輸出に含まれると説明しています。また、貨物を使用するためのプログラムを媒体に格納して外国へ持ち出す場合や、技術情報を外国居住者へ提供する場合も、輸出管理上の確認対象になります。
そのため、「技術者が自分のスーツケースで持っていくだけ」「販売目的ではなく修理対応のため」「無償で持ち出すだけ」という事情があっても、外為法上の許可要否の確認を省略してよいことにはなりません。
3 税関で問題になったポイント
税関で問題となったのは、部品や計測器そのものが直ちに違法品だったということではありません。問題は、会社として輸出管理上の確認を行ったことを、その場で説明できる資料がなかったことです。
経済産業省は、輸出する貨物や提供する技術がリスト規制に当たるかどうかを判断することを「該非判定」といい、該非判定の結果、リスト規制に該当する場合には原則として輸出許可が必要になると説明しています。該非判定は経済産業省が行うものではなく、輸出者が自ら責任をもって行う必要があります。
また、リスト規制・キャッチオール規制のいずれにも該当しないと判断した場合、経済産業大臣の許可は不要ですが、税関で判定の適切性を問われることがあるため、非該当証明書等の根拠資料を準備することが推奨されています。
本件では、まさにこの「説明資料がない」状態で空港に来てしまったため、税関で足止めされたのです。
| 確認事項 | 本来必要だった対応 | 当日の状況 |
| 試作部品の該非判定 | 事前に仕様・性能を確認し、判定書を作成 | 未実施または携行資料なし |
| 計測器の該非判定 | 型式・仕様書に基づき、該当性を確認 | 汎用品との認識のみ |
| キャッチオール確認 | 仕向地・用途・需要者を確認 | 出張目的の説明にとどまる |
| 税関説明資料 | 非該当証明書、インボイス、携行品リスト等を準備 | 持参なし |
| 社内承認 | 法務・輸出管理部門の事前確認 | 緊急出張のため未整備 |
4 弁護士の初動対応
当事務所は、本社法務部から連絡を受けた後、直ちに空港にいる技術者と電話をつなぎました。
まず指示したのは、税関職員に対して虚偽の説明をしないことです。現場では、出張者が焦って「私物です」「大したものではありません」「すぐ持ち帰ります」などと説明してしまうことがあります。しかし、実際には会社業務のための試作部品や計測器である以上、事実と異なる説明をすると、かえって問題が大きくなります。
そこで、技術者には次のように指示しました。
| 指示 | 理由 |
| 虚偽説明をしない | 故意の隠蔽と疑われるリスクを避けるため |
| 業務目的・携行品の内容を正直に説明する | 税関との信頼関係を維持するため |
| 税関職員の指示内容を記録する | 後日の説明・返還手続に備えるため |
| その場で独断の反論をしない | 不正確な法的説明を避けるため |
| 任意放棄等を求められた場合は本社・弁護士に即時連絡する | 身柄解放・貨物保全の優先順位を判断するため |
同時に、本社に対し、当該試作部品と計測器の仕様書、型式、用途、輸出先、現地での使用目的、返送予定の有無を至急確認するよう依頼しました。
5 該非判定と税関への説明
その後、技術部門から送られてきた部品の仕様、材質、性能、用途、仕向地を確認し、リスト規制への該当性を検討しました。輸出管理の実務では、貨物や技術の内容、スペックを確認したうえで該非判定を行い、必要に応じて設計・製造担当者など技術的知見を有する者に確認する必要があります。
本件では、検討の結果、当該試作部品はリスト規制非該当、計測器も汎用品であり、輸出許可を要するものではないと判断しました。
もっとも、非該当であっても、キャッチオール規制の確認は必要です。関東経済産業局も、リスト規制品以外であっても、用途や需要者によっては許可が必要になる場合があると説明しています。
そこで、弁護士は以下の資料を作成し、税関へ提出しました。
| 作成・提出資料 | 主な内容 |
| 該非判定書 | 試作部品・計測器がリスト規制に該当しないこと |
| 非該当証明書 | 輸出許可を要しないとの判断根拠 |
| 事情説明書 | 海外工場での緊急トラブル対応目的であること |
| 携行品リスト | 品名、数量、型式、用途、持出者、仕向地 |
| 返還・再輸入予定の説明 | 出張後に持ち帰る予定の機材があること |
| 社内管理改善の方針 | 今後、事前判定フローを整備すること |
その結果、税関に対して、違法な無許可輸出を意図したものではなく、社内手続と携行資料の不備によるトラブルであることを説明できました。
6 解決結果
最終的に、技術者が刑事事件として取り扱われることはなく、身柄拘束にも至りませんでした。出張は予定より1日遅れましたが、代替便で現地へ向かうことができました。
部品については一時的に税関側で留置されましたが、後日、正式な通関手続と必要資料の提出を経て返還されました。
| 結果 | 内容 |
| 技術者の処遇 | 刑事事件化せず、当日中に解放 |
| 出張 | 予定より1日遅れで出発 |
| 部品・計測器 | 一時留置後、正式手続を経て返還 |
| 会社への影響 | 行政処分・刑事処分なし |
| 再発防止 | ハンドキャリー管理規定を策定 |
なお、外為法違反となれば、刑事罰、行政制裁、警告等の対象となる可能性があります。経済産業省のガイダンスでも、違反に対しては刑事罰や行政制裁のほか、警告が原則公表を伴うため、企業イメージの悪化など法律以外の影響も大きくなり得るとされています。
本件では、迅速に事実関係を整理し、該非判定と説明資料を提出したことで、重大なレピュテーションリスクを回避できました。
7 再発防止策:ハンドキャリー管理規定の策定
本件後、同社では、海外出張時の携行品管理を個々の技術者任せにしないため、全社的な「ハンドキャリー管理規定」を策定しました。
ポイントは、出張者本人が「これは大丈夫だろう」と判断するのではなく、会社として持ち出し品を把握し、輸出管理・知財・法務部門が事前確認する仕組みにしたことです。
| 改善項目 | 改善内容 |
| 携行品申告 | 出張前に「携行品申告書」の提出を義務化 |
| 該非判定 | 試作品、部品、計測器、ソフトウェア、技術資料を対象に事前判定 |
| キャッチオール確認 | 仕向地、用途、需要者、現地使用者を確認 |
| 承認フロー | 技術部門、輸出管理部門、法務部門の承認制 |
| 携行資料 | 判定書、非該当証明書、インボイス、携行品リストをファイル化 |
| 出張者教育 | 空港で質問された場合の対応マニュアルを整備 |
| 記録保存 | 判定資料、承認履歴、通関資料を保存 |
税関の資料でも、手荷物として輸出する場合、価格が一定額を超える場合や輸出貿易管理令上の許可・承認を要するものは通常の輸出申告手続が必要とされ、品物によっては輸出貿易管理令に該当していないことの証明書を準備すると通関がスムーズになるとされています。
このため、同社では、海外出張者に会社支給の「ハンドキャリー用ファイル」を持たせる運用を開始しました。
8 ハンドキャリー用ファイルの内容例
| 書類 | 目的 |
| 携行品申告書 | 出張者が何を持ち出すかを一覧化する |
| 該非判定書 | リスト規制該当性を説明する |
| 非該当証明書 | 許可不要であることを税関に説明する |
| インボイス | 品名・数量・価格・仕向地を明確にする |
| パッキングリスト | スーツケース内の貨物を整理する |
| 用途説明書 | 海外工場での使用目的を説明する |
| 返送予定書 | 一時持出しであることを説明する |
| 緊急連絡先 | 税関対応時に本社・法務へ連絡するため |
このファイルを整備したことで、その後、出張者が空港で税関から質問を受けた場合でも、判定書セットを提示して説明できるようになりました。
9 実務上の教訓
ハンドキャリー輸出は、通常の貨物輸出よりも社内統制から漏れやすい領域です。フォワーダーや通関業者を通さず、出張者が自分の荷物として持ち出すため、法務・輸出管理部門が事前に把握できないことがあります。
しかし、外為法上の輸出管理では、輸出者が責任をもって該非判定を行う必要があります。メーカーや仕入先から該非判定書を入手した場合でも、輸出者が判定結果を確認し、責任をもって判断する必要があるとされています。
特に、次のような物は注意が必要です。
| 注意すべき携行品 | リスク |
| 試作品・サンプル品 | 仕様が確定しておらず、判定資料が未整備になりやすい |
| 計測器・検査装置 | 高性能品の場合、リスト規制に関係する可能性がある |
| 制御プログラム | 技術提供・プログラム提供として問題になり得る |
| 図面・仕様書 | 技術情報の提供に該当する可能性がある |
| USB・PC内データ | 物ではなく技術の持出しとして管理が必要 |
| 顧客支給品 | 自社で仕様を把握していないことがある |
| 修理用部品 | 緊急対応で社内審査を飛ばしやすい |
10 弁護士のコメント
ハンドキャリーは、輸出管理上もっとも事故が起きやすい場面の一つです。
通常の輸出であれば、営業、物流、輸出管理、通関業者など複数の関係者が関与します。しかし、海外出張時の携行品は、出張者本人や所属部署だけで判断されがちです。その結果、「少量だから大丈夫」「修理用だから問題ない」「売るわけではない」といった誤解のまま、空港で初めて問題が発覚することがあります。
税関で止められれば、飛行機に乗れないだけでなく、会社として輸出管理体制が不十分であると見られる可能性があります。違反が疑われれば、行政対応、社内調査、取引先説明、レピュテーション対応に発展することもあります。
海外出張が多いメーカーでは、出張者のカバンの中身を会社が把握し、事前に該非判定・用途確認・需要者確認を行う仕組みを整えることが不可欠です。特に、試作品、計測器、技術資料、ソフトウェアを持ち出す企業では、ハンドキャリー管理規定と携行品申告フローを早急に整備すべきです。
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東京大学法学部及び東京大学法科大学院卒。弁護士登録後(東京弁護士会所属)、都内法律事務所で執務。都内法律事務所での執務時に、税関対応・輸出入トラブルをはじめとした通関・貿易に関する問題、労働問題等を中心に100件以上の案件に携わる。その中で、通関・貿易に関する問題についてより広く網羅的な知識を取得し、より高品質なリーガルサービスを提供したいと考え、通関・貿易関係の国家資格である通関士の資格を取得。