M&Aで見落とされがちな輸出管理リスク
輸出安全管理体制の構築センサー技術を持つメーカー買収時に確認すべき法務デューデリジェンスのポイントとは?
目次
【相談内容】
製造業の経営企画部門に所属しています。事業拡大の一環として、優れたセンサー技術を持つ中堅メーカーであるA社の買収を検討しています。A社は国内販売だけでなく海外展開にも積極的で、海外売上比率は約40%に達しています。輸出先は中国、欧米、アジア各国など幅広く、世界中の顧客に製品を販売しているようです。
現在、買収に向けて法務デューデリジェンスの準備を進めていますが、特に気になっているのが輸出管理に関するリスクです。財務諸表や事業計画を見ても問題はなさそうに見える一方で、輸出管理違反は「財務諸表には表れにくい隠れたリスク」になり得ると聞きました。
買収後に過去の違反が発覚し、行政処分や制裁金、取引停止などのトラブルにつながることは避けたいと考えています。A社のように海外売上比率が高く、中国や欧米を含む多数の国に製品を輸出している会社を買収する場合、法務デューデリジェンスではどのような点を確認すべきでしょうか。
【弁護士からの回答】
輸出管理リスクは、M&Aにおいて見落とされやすい一方、発覚した場合の影響が非常に大きいリスクです。とりわけ、センサー、半導体関連部品、工作機械、通信機器、素材、ソフトウェア、技術情報などを扱う製造業では、製品そのものが軍事転用可能な性能を有していたり、海外顧客の用途によって規制対象になったりすることがあります。
買収対象会社であるA社が過去に輸出管理上の違反をしていた場合、そのリスクは買収後に顕在化する可能性があります。例えば、必要な許可を取得せずに輸出していたことが判明すれば、行政当局への報告、再発防止策の策定、取引先への説明、出荷停止、罰金・制裁金、さらには輸出禁止処分などに発展するおそれがあります。A社の海外売上が事業の重要な柱である場合、輸出が止まることは単なる一時的な損失にとどまらず、買収の前提となっていた事業価値そのものを大きく損なうことになります。
この意味で、輸出管理リスクはM&Aにおける典型的な「簿外債務」または「隠れた爆弾」といえます。財務諸表上は健全に見えても、過去の輸出違反が潜在していれば、買収後に多額の対応コストや損害が発生する可能性があります。極端にいえば、高額な買収対価を支払って成長事業を取得したつもりが、実際には「行政処分のリスク」を買ってしまうことにもなりかねません。
そのため、A社のように海外売上比率が高く、技術性のある製品を世界各国へ輸出している企業を買収する場合には、通常の契約・労務・知財・訴訟リスクの確認に加えて、輸出管理に焦点を当てた法務デューデリジェンスを行う必要があります。特に重要なのは、以下の4つの観点です。
(1)該非判定の適切性と記録を確認する
まず確認すべきは、A社が取り扱う製品・部品・ソフトウェア・技術について、該非判定が適切に行われているかです。
該非判定とは、輸出しようとする貨物や提供しようとする技術が、法令上の規制対象に該当するかどうかを判定する作業です。製造業における輸出管理の出発点であり、ここに誤りがあると、その後の許可要否判断、取引審査、出荷管理もすべて誤った前提で進んでしまいます。
デューデリジェンスでは、単に「該非判定をしていますか」と質問するだけでは不十分です。次のような点を具体的に確認する必要があります。
- 誰が該非判定を行っているのか
- 判定者に十分な技術的・法務的知識があるのか
- いつ判定が行われたのか
- 法改正や仕様変更のたびに見直されているのか
- 判定根拠となるパラメータシートや技術資料が保存されているのか
- 判定結果について承認フローがあるのか
- 過去の判定記録が体系的に保管されているのか
危険なサインとしては、該非判定書がそもそも存在しない、判定日が数年前のままで更新されていない、製品仕様が変更されているのに再判定されていない、判定根拠が残っていない、担当者の経験や勘だけで「非該当」と判断している、といった状況が挙げられます。
特にセンサー技術を持つ企業では、製品の性能、精度、耐環境性、用途、組み込まれるシステムによって規制該当性が問題になり得ます。また、製品そのものだけでなく、設計図、仕様書、製造ノウハウ、ソフトウェア、保守マニュアルなどの「技術」の提供も輸出管理の対象となる場合があります。海外子会社、海外代理店、海外顧客に技術資料をメール送付したり、クラウド上で共有したりする行為も、技術提供として検討が必要です。
したがって、主要製品については、A社の自己申告をそのまま受け入れるのではなく、買主側の専門家や外部弁護士、輸出管理に詳しい技術者による再判定を行うことが望ましいです。全製品について詳細な再判定を行うことが現実的でない場合でも、売上上位製品、海外向け主力製品、中国・中東・ロシア周辺国など懸念度の高い地域向け製品、軍事転用可能性が指摘され得る製品については、重点的にサンプルチェックを実施すべきです。
もしA社が「非該当」と判断していた製品が実際には「該当」だった場合、過去の輸出が無許可輸出であった可能性が生じます。この場合、単に今後の運用を改めればよいという問題ではなく、過去の出荷実績、輸出先、数量、金額、用途、顧客属性をさかのぼって確認し、必要に応じて当局対応を検討する必要があります。これは買収価格、取引条件、クロージング可否に直結する重大な問題です。
(2)取引審査・顧客管理の実態を確認する
次に重要なのが、A社が取引先や用途について適切な審査を行っているかです。輸出管理では、製品がリスト規制に該当するかどうかだけでなく、誰に、どこへ、何のために輸出するのかという観点も重要です。
特に、いわゆるキャッチオール規制への対応状況は慎重に確認する必要があります。キャッチオール規制では、製品がリスト規制に該当しない場合であっても、大量破壊兵器や通常兵器の開発等に用いられるおそれがある場合には、許可が必要となることがあります。そのため、「当社製品は非該当だから問題ない」という説明だけでは不十分です。
デューデリジェンスでは、次のような資料や運用実態を確認します。
- 顧客の事業内容、所在地、資本関係の確認方法
- 最終需要者・最終用途の確認書の取得状況
- 経済産業省の外国ユーザーリスト等との照合記録
- 懸念国・懸念地域向け取引の審査フロー
- 代理店経由取引における最終需要者の把握状況
- 取引審査の承認権限と記録保存状況
- 営業部門が法務・管理部門に相談する基準
- 過去に取引停止、出荷保留、当局相談を行った事例の有無
危険なサインとしては、顧客の用途確認を行っていない、最終需要者を把握していない、外国ユーザーリストとの照合記録がない、懸念国向け輸出が多いにもかかわらず審査記録が形式的である、代理店任せで最終顧客を確認していない、といった状況が考えられます。
特に中国向け取引については、民生用途と軍事用途の境界が問題となる場面もあり、顧客の属性や最終用途の確認が重要です。また、欧米向け取引であっても、再輸出や転売によって最終的に懸念国・懸念顧客に流れる可能性があるため、販売経路の確認を怠るべきではありません。
DDでは、主要顧客リスト、国別売上、代理店一覧、輸出先別出荷データを入手し、懸念顧客や不自然な取引が含まれていないかを確認します。例えば、企業規模に比して過大な数量を購入している顧客、用途説明が曖昧な顧客、短期間で出荷先が変更されている取引、第三国経由での納入を求める取引などは、追加確認の対象となります。
また、営業担当者へのインタビューも有効です。書類上は審査フローが整っていても、実際には「納期優先」で審査が後回しになっていたり、営業部門が懸念情報を把握していても管理部門に共有していなかったりすることがあります。輸出管理DDでは、規程の有無だけでなく、現場で本当に運用されているかを確認することが重要です。
(3)米国法(EAR)など域外適用リスクを確認する
A社が日本企業であり、買主も日本企業である場合でも、米国の輸出管理規則であるEARのリスクを無視することはできません。A社が米国製の部品、半導体、ソフトウェア、製造装置、技術データを使用している場合、A社の製品や技術がEARの規制対象となる可能性があります。
EARの問題は、日本法の輸出管理とは別に検討する必要があります。例えば、米国由来の部品や技術が一定割合以上含まれる製品を第三国へ再輸出する場合、米国当局の規制が及ぶことがあります。また、米国の制裁対象国・制裁対象者との取引、特定の用途・需要者に関する規制に抵触する場合には、日本国内からの輸出であっても米国当局から制裁を受けるリスクがあります。
デューデリジェンスでは、少なくとも以下の点を確認すべきです。
- A社製品に米国原産品や米国技術が含まれているか
- 米国製部品・ソフトウェアの比率や重要性
- 米国サプライヤーからECCN等の情報を取得しているか
- EAR対象品について再輸出管理を行っているか
- イラン、北朝鮮、ロシア、キューバ、シリア等の制裁対象国・地域との直接・間接取引がないか
- 米国の制裁リストやエンティティリストとの照合を行っているか
- 海外代理店や販売子会社に対して再輸出禁止・制裁遵守を契約上義務付けているか
A社が「日本企業なので日本法だけ見ていればよい」と考えている場合、それ自体が危険なサインです。特にグローバルに部品調達を行い、海外顧客に製品を販売しているメーカーでは、米国法、EU規制、中国の輸出管理・制裁関連規制など、複数の法域が関係することがあります。
EAR違反が問題となった場合、米国当局による制裁金、米国企業との取引制限、米国製部品の供給停止、レピュテーション低下など、事業に深刻な影響が及ぶ可能性があります。買収後にこうした問題が発覚すると、買主グループ全体のコンプライアンス体制にも疑義が生じ、グローバル取引に支障を来すおそれがあります。
したがって、A社の海外売上比率が高く、米国由来の部品・技術を利用している可能性がある場合には、日本法だけでなく、EARを含む域外適用規制についてもDD項目に組み込むべきです。
(4)社内体制・教育・監査の実効性を確認する
輸出管理DDでは、個別取引のチェックだけでなく、A社の管理体制そのものを確認することも重要です。過去に違反がなかったとしても、体制が脆弱であれば、買収後に同様の問題が発生する可能性があります。
確認すべき事項としては、輸出管理規程の有無、責任部署・責任者の明確性、営業・技術・物流部門との連携、社内教育の実施状況、監査の有無、違反・ヒヤリハット事例の報告体制などが挙げられます。規程が存在していても、ひな形をそのまま導入しただけで実務に使われていない場合や、担当者が1名に依存していて属人的な運用になっている場合には、実効性に疑問が残ります。
また、A社が買収後に買主グループの一員となる以上、買主側の輸出管理ポリシーや承認フローと整合させる必要があります。A社の管理水準が買主より低い場合、PMIの一環として、規程改定、教育実施、取引審査システムの導入、顧客データベースの整備、過去取引の棚卸しなどが必要になるでしょう。
これらの対応には時間とコストがかかります。したがって、DD段階で「買収後にどの程度の是正コストが発生するか」を見積もり、買収価格やクロージング後の統合計画に反映させることが重要です。
(5)買収契約(SPA)でリスクを手当てする
DDの結果、輸出管理上の不備が見つかったとしても、それが直ちに買収中止を意味するとは限りません。問題の内容、過去違反の可能性、対象製品の重要性、当局対応の必要性、是正可能性、事業への影響を総合的に評価し、取引条件でリスクをコントロールできるかを検討します。
その際に重要となるのが、株式譲渡契約書(SPA)における手当てです。
まず、表明保証条項では、売主に対して、A社が過去および現在において輸出管理法令、制裁規制、再輸出規制等に違反していないこと、必要な許認可を取得していること、当局から調査・通知・処分を受けていないこと、取引先が制裁対象者等に該当しないことなどを表明させることが考えられます。
次に、補償条項では、買収後に過去の輸出管理違反が発覚し、罰金、制裁金、弁護士費用、調査費用、出荷停止による損害、取引先対応費用などが発生した場合に、売主が補償する旨を定めます。輸出管理リスクは発覚まで時間がかかることもあるため、補償期間、上限額、免責金額、特別補償の有無についても慎重に設計する必要があります。
さらに、重大な不備が判明した場合には、クロージング条件として、買収完了日までに一定の是正措置を完了させることを求めることがあります。例えば、未実施の該非判定を完了する、懸念顧客との取引を停止する、当局への相談・報告を行う、輸出管理規程を整備する、責任者を選任する、社内教育を実施する、といった措置が考えられます。
場合によっては、クロージング後の誓約事項として、一定期間内に輸出管理体制を買主グループ基準に引き上げること、売主が過去取引に関する資料提供に協力すること、当局対応に協力することなどを定めることも有効です。
重要なのは、DDで把握したリスクを「見つけて終わり」にしないことです。リスクの重大性に応じて、買収価格の調整、補償条項、クロージング条件、誓約事項、場合によっては取引中止という選択肢を組み合わせる必要があります。
おわりに
「技術は素晴らしいが、管理体制は十分ではない」という企業は少なくありません。特に成長途上の中堅メーカーでは、海外売上が急拡大する一方で、輸出管理体制の整備が追いついていないことがあります。営業力や技術力が高い企業ほど、スピードを優先するあまり、該非判定、顧客審査、記録保存、再輸出管理といったコンプライアンス対応が後回しになっているケースもあります。
M&Aにおいては、買収はゴールではなくスタートです。A社の技術や顧客基盤が魅力的であっても、輸出管理リスクを十分に把握しないまま買収すれば、買収後に行政対応、出荷停止、顧客対応、PMIコストといった想定外の負担を抱えることになりかねません。
したがって、輸出管理リスクについては、財務DDや一般的な法務DDの付随項目として簡単に確認するのではなく、製品、技術、顧客、国・地域、社内体制、米国法等の域外適用、契約上の手当てを含めて、体系的に検証する必要があります。そして、発見されたリスクを買収価格、SPA、クロージング条件、PMI計画に反映させることが、安全なM&Aを実現するうえで不可欠です。
当事務所では、輸出管理に関する法務デューデリジェンス、M&Aにおけるリスク評価、SPA条項の設計、買収後のコンプライアンス統合支援を行っています。買収対象会社の輸出管理リスクを見える化し、安心してM&Aを進めるためにも、早い段階から専門家に相談することをおすすめします。
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東京大学法学部及び東京大学法科大学院卒。弁護士登録後(東京弁護士会所属)、都内法律事務所で執務。都内法律事務所での執務時に、税関対応・輸出入トラブルをはじめとした通関・貿易に関する問題、労働問題等を中心に100件以上の案件に携わる。その中で、通関・貿易に関する問題についてより広く網羅的な知識を取得し、より高品質なリーガルサービスを提供したいと考え、通関・貿易関係の国家資格である通関士の資格を取得。