海外進出前に判明した商標トラブルへの対応
知的財産権侵害事案の対応【相談内容】
当社は、日本国内でアパレルブランドを展開している会社です。国内では10年以上にわたり同じブランド名で事業を行っており、日本での商標登録も済ませています。
このたび、中国および東南アジアへの進出を検討し、現地で商標調査を行ったところ、中国において、当社のブランド名と同一の商標が、当社とは全く関係のない現地企業によってすでに登録されていることが分かりました。しかも、文字だけでなくロゴも当社のものに酷似しています。
当社としては、長年使用してきた当社ブランドに現地企業が便乗した、いわゆる「冒認出願」ではないかと考えています。このような状況でも、当社が本家である以上、そのまま中国で販売を開始して問題ないのでしょうか。また、相手方の商標登録を取り消したり、無効にしたりすることはできるのでしょうか。
【弁護士からの回答】
まず、このまま中国で販売を開始することは避けるべきです。日本で先にブランドを使用していたこと、日本で商標登録をしていること、また自社が「本家」であることは重要な事情ではありますが、それだけで中国における第三者の登録商標を無視できるわけではありません。
商標権は、原則として国ごとに発生します。日本で商標登録をしていても、その効力は当然には中国や東南アジア各国には及びません。また、中国は商標について先願主義を採用しており、先になされた出願を優先して登録を認める制度です。JETROの中国商標冒認出願対策リーフレットでも、中国では先になされた出願を優先して登録を認める「先願主義」が採用されていると説明されています。
したがって、現時点で中国において相手方の商標登録が有効に存在している場合、当社が同一または類似のブランド名・ロゴを付した商品を販売、輸出、展示、広告することは、相手方から商標権侵害と主張されるリスクがあります。たとえ実態として相手方が悪意の登録者であったとしても、その登録が取り消され、または無効にされるまでは、当社の使用が安全になるわけではありません。
目次
1 「本家だから使える」とは考えない
海外進出の場面で最も危険なのは、「日本では当社の方が先に使っている」「日本で有名だから、相手の登録は当然に無効だ」と考えて、現地で販売を始めてしまうことです。
中国で第三者が同一・類似商標を登録している場合、その商標権者は、現地で商品販売の差止め、損害賠償、行政摘発、ECプラットフォームでの出品停止申立てなどを行う可能性があります。さらに、商標権者が税関登録などを行っている場合には、当社の商品が模倣品であるかのように扱われ、輸出入段階で止められるリスクもあります。
重要なのは、相手方の登録が不当であることと、当社が現地で直ちに使用できることは別問題だという点です。相手方の登録を争う法的手続をとり、その登録を取り消す、無効にする、または譲渡を受けるなどの対応をしない限り、現地でのブランド使用には大きなリスクが残ります。
そのため、権利関係が解決するまでは、中国での本格販売、展示会出展、EC販売、広告出稿、現地代理店への商品供給は慎重に停止または延期すべきです。
2 まず確認すべき事項
最初に行うべきことは、相手方登録の正確な内容を確認することです。具体的には、以下を調査します。
- 商標の文字・ロゴの内容
- 出願日、登録日、存続期間
- 指定商品・指定役務
- 国際分類および中国の類似群
- 登録名義人の名称・所在地・事業内容
- 相手方が実際に商標を使用しているか
- 同じ登録名義人が他社ブランドも多数出願していないか
- 当社ブランドの中国での使用実績・広告宣伝実績
- 当社と相手方との過去の接触関係の有無
アパレルブランドであれば、衣類そのものだけでなく、バッグ、靴、帽子、アクセサリー、小売サービス、EC関連サービス、ライセンス商品など、周辺区分も確認する必要があります。相手方登録の指定商品が当社の予定商品と完全に一致していなくても、類似商品・関連商品に及ぶ場合には、実務上の障害となり得ます。
3 対抗策1:3年不使用取消
相手方の商標登録が中国で登録されてから一定期間が経過している場合、最も現実的な対抗策の一つが「3年不使用取消」です。
中国では、登録商標が正当な理由なく連続して3年間使用されていない場合、誰でもその登録商標の取消を申請することができます。中国国家知識産権局も、商標法49条および商標法実施条例66条に基づき、登録商標が正当な理由なく連続3年使用されていない場合には、いかなる単位または個人も商標局に取消を申請できると説明しています。
冒認出願を行う業者は、商標を実際に使用せず、将来の売却や他社への妨害を目的として登録だけを保有していることがあります。そのような場合、不使用取消は有効な手段になり得ます。JETROの調査研究報告書でも、多くの冒認出願者は自ら商標を使用せず、その目的が譲渡または競争相手の妨害にあるため、商標が3年間不使用であることを理由とする取消審判が救済ルートになると説明されています。
もっとも、相手方が登録商標を1回でも実際に使用している場合や、使用証拠を提出できる場合には、取消が認められない可能性があります。また、取消が認められたとしても、その効力は原則として将来に向かって発生するため、過去の使用リスクを完全に消すものではありません。したがって、不使用取消と並行して、無効審判や譲渡交渉を検討することがあります。
4 対抗策2:無効宣告請求
相手方が当社ブランドを知りながら、不正な目的で同一・類似商標を出願したといえる場合には、無効宣告請求を検討します。
中国商標法32条は、商標登録出願について、他人の既存の先行権利を害してはならず、また、他人がすでに使用し一定の影響を有する商標を不正な手段で先取り登録してはならないと定めています。中国最高人民法院の公報掲載事例でも、同条の適用について、①係争商標の出願日前に在先使用商標がすでに使用され一定の影響を有していたこと、②係争商標と在先使用商標が同一または類似であること、③指定商品が同一または類似であること、④商標出願人が他人の在先使用商標を知っていた、または知るべきであったことが問題になると整理されています。
本件で無効宣告を目指す場合には、当社ブランドが相手方の出願日前から中国で一定の影響を有していたこと、または相手方が当社ブランドを知り得たことを示す証拠が重要になります。例えば、次のような資料が考えられます。
- 中国向け販売実績、越境ECでの販売実績
- 中国語メディア、SNS、口コミ、ブログ等での掲載
- 中国国内の展示会出展実績
- 中国の代理店・取引先との交渉資料
- 相手方との過去の取引・接触履歴
- 相手方が他の海外ブランドも多数出願している証拠
- 当社ブランドの日本および海外での受賞・掲載・広告宣伝資料
- ロゴ創作時期、デザイナー資料、使用開始時期を示す資料
無効宣告は、成功すれば登録の根本的な効力を争える点で強力です。他方で、証拠の要求水準は高く、特に「中国における一定の影響」や「相手方の悪意」を立証する必要があるため、事案によっては難度が高くなります。
5 対抗策3:異議申立てが可能か確認する
相手方の商標がまだ登録前で、初期査定公告の段階にある場合には、異議申立てを検討します。JETROのリーフレットでは、中国では審査官が登録すべきとの心証を形成した商標について初期査定公告がなされ、その公告から3か月間、異議申立てができると説明されています。
ただし、今回の相談では「すでに商標登録されている」とのことですので、通常は異議申立ての期間は経過している可能性があります。その場合は、不使用取消、無効宣告請求、譲渡交渉などを検討することになります。
6 対抗策4:譲渡交渉
法的手続には時間と費用がかかります。中国での販売開始時期が迫っている場合や、相手方登録を短期で解消したい場合には、相手方から商標権の譲渡を受ける交渉が現実的な選択肢になることがあります。
ただし、冒認出願者は、相手方が海外進出を急いでいることを見越して高額な譲渡対価を求めることがあります。安易に自社名で直接連絡すると、相手方に足元を見られ、価格がつり上がるおそれがあります。
そのため、譲渡交渉を行う場合には、現地代理人や弁護士を通じて、相手方の使用状況、保有商標数、過去の譲渡事例、取消・無効の勝算を分析したうえで、交渉戦略を組むべきです。場合によっては、不使用取消や無効宣告請求を先にまたは同時に申し立てることで、交渉上の圧力を高めることもあります。
7 最終手段としてのリブランディング
不使用取消や無効宣告の見込みが低く、譲渡交渉も成立しない場合には、中国市場向けに別ブランドを採用することも検討せざるを得ません。
リブランディングには、既存ブランドの認知を活かせないという大きなデメリットがあります。しかし、侵害リスクを抱えたまま販売を開始するよりは、早期に別名称で出願・登録し、安全に事業展開する方が、長期的には合理的な場合があります。
その際には、単にロゴの一部を変えるだけでは足りません。文字、称呼、観念、外観、指定商品との関係で、相手方登録と類似しないかを現地基準で確認する必要があります。また、中国名ブランド、英字ブランド、図形ロゴ、サブブランド、EC店舗名などをまとめて出願し、周辺区分も含めて防衛的に権利化することが望まれます。
8 東南アジアについても同時に緊急確認する
今回、中国で冒認登録が見つかった以上、東南アジア各国でも同様のリスクがないか、早急に確認すべきです。冒認出願者は、中国だけでなく、香港、台湾、シンガポール、タイ、ベトナム、インドネシア、マレーシア、フィリピンなど複数国で同時に出願していることがあります。
特許庁も、海外において第三者により無断で商標出願・登録された場合の各国・地域別の情報として、中国だけでなくASEAN主要国における冒認商標出願に関する情報を提供しています。中国で問題が判明した段階で、進出予定国すべてについて、ブランド名、ロゴ、中国語名・現地語名、類似商標、関連区分を調査し、未登録国では直ちに出願する必要があります。
9 まとめ
中国で第三者が当社ブランドと同一・類似の商標をすでに登録している場合、当社が日本で先に使用していたことや日本で商標登録していることだけを理由に、そのまま現地販売を開始するのは危険です。中国では先願主義が採用されており、相手方登録が有効に存在する限り、当社の販売行為が商標権侵害と主張されるリスクがあります。
対応策としては、相手方商標の登録時期・使用状況・指定商品を確認したうえで、3年不使用取消、無効宣告請求、異議申立ての可否、譲渡交渉、リブランディングを組み合わせて検討します。特に、登録後3年以上使用されていない商標については、不使用取消が有力な選択肢になります。また、相手方が当社ブランドを知りながら不正な目的で出願したといえる場合には、無効宣告請求も検討すべきです。
海外展開では、商標は事業開始後ではなく、進出検討段階で先に押さえるべき権利です。今回のような冒認登録が判明した場合には、販売開始を急がず、まず現地での権利関係を整理し、同時に東南アジア各国での緊急出願・監視を進めることが重要です。
【お問合せは、こちらから】
・・・・・・・・・・・
執筆:有森FA法律事務所 代表弁護士有森文昭(詳細プロフィールは、こちら)
(注)2026年3月時点の法令に基づき内容を改定
本記事は2026年3月現在の法令に基づいた一般的な情報の提供を目的としています。個別の事案については、具体的な状況により判断が異なるため、必ず専門家にご相談ください。
この記事と関連するコラム
Warning: Trying to access array offset on false in /home/replegal/fefta-fa.com/public_html/wp-content/themes/export-duties/single-column.php on line 75
Warning: Attempt to read property "slug" on null in /home/replegal/fefta-fa.com/public_html/wp-content/themes/export-duties/single-column.php on line 75
国際取引を行う企業や研究機関にとって、「外為法(外国為替及び外国貿易法)」は避けて通れない重要な法律です。輸出、技術提供、海外子会社への情報共有など、日常的な業務の中にも外為法の適用場面は数多く存在します。しかし、その目的や全体像を正確に理解している企業は決して多くないのが実情です。 外為法の目的「国際平和と安全の維持」 外為法第1条は、その目的を「我が国の健全な経済発展を図るとともに、国際平...
前回はワシントン条約(CITES)の全体像について解説しました。今回は、企業の実務担当者が特に見落としがちな「具体的な規制品目」と、必要な手続きについて掘り下げていきます。 「うちは動植物を扱っていないから関係ない」と思っているメーカーや商社の方こそ、要注意です。特に、木材を使用する家具や楽器メーカー、成分に天然由来物を使用する化粧品・製薬メーカーにとって、ワシントン条約は輸出管理上の大きな...
リスト規制品の該非判定方法 ― リスト番号の読み方と判断手順
輸出安全管理体制の構築外為法のリスト規制の概要を理解しても、実務上の肝は「自社の製品・技術がリストに該当するかどうか」を判定することです。 この作業を「該非判定」と呼びます。 該非判定は、単なる技術照合ではなく、法的責任を伴う重要な企業判断です。ここでは、番号の読み方等の実務上の手順・注意点までを整理します。 「該非判定」とは何か 「該非判定」とは、製品・部品・技術などが輸出貿易管理令別表第1等に掲げる規...
仮相談事例 医療機器メーカーの法務担当Bさんは、当社が日本国内で製造している検査装置を、イランの病院に販売し輸出する案件を担当しています。 装置は日本製の民生用検査装置であり、日本の外為法上はリスト規制に非該当で、用途確認等のキャッチオール対応を行えば輸出できる見込みと整理しています。 もっとも、当該装置には米国メーカーから輸入したセンサー部品が組み込まれており、社内の価格情報ベースで装置全...
外為法が規制しているのはモノだけではありません。設計図、仕様書、製造プログラム、あるいは技術的な指導といった「技術(プログラムを含む)」の提供も、規制の対象となります。これを「役務取引(技術提供)」の規制と呼びます。 「メールで図面を送っただけ」「海外出張で少しアドバイスをしただけ」――こうした日常的な行為が、実は無許可輸出(無許可技術提供)となり、処罰の対象になる可能性があります。今回は、...

東京大学法学部及び東京大学法科大学院卒。弁護士登録後(東京弁護士会所属)、都内法律事務所で執務。都内法律事務所での執務時に、税関対応・輸出入トラブルをはじめとした通関・貿易に関する問題、労働問題等を中心に100件以上の案件に携わる。その中で、通関・貿易に関する問題についてより広く網羅的な知識を取得し、より高品質なリーガルサービスを提供したいと考え、通関・貿易関係の国家資格である通関士の資格を取得。