ブランド保護の最前線:知的財産権侵害物品の水際取締りと通関実務の解説
知的財産権侵害事案の対応目次
はじめに―相談事例
【相談者】
千葉県内で輸入雑貨のセレクトショップを経営されているTさん。
Tさんは、独自にデザインしたオリジナルブランドの雑貨が国内外で人気を博す一方、最近、海外のECサイトで自社のロゴを無断で使用した極めて安価な模倣品が大量に販売されていることを発見されました。
【相談内容】
「前回の相談で、他社の権利を侵害しないための注意点はよく分かりました。しかし今回は、私自身のブランドが脅かされています。海外の模倣業者が私のロゴをコピーし、日本国内へも『ニセモノ』を送り込んでいるようです。このままでは正規品の売上が落ちるだけでなく、質の悪いコピー品のせいでブランドの評判まで落ちてしまいます。弁護士さんから、税関でこれらの貨物を止めることができると聞きましたが、具体的にどのような手続きを踏めば良いのでしょうか。また、日本国内から海外へ模倣品が流出するのを防ぐ手段はあるのでしょうか。コストを抑えつつ、最大限の効果を発揮できる防衛策を教えてください」
このようなTさんの悩みは、成長過程にある日本のブランドオーナーにとって極めて深刻な問題です。知的財産は「創る」だけでなく「守る」ための戦略が必要です。
税関による水際取締りの法的根拠と二つの側面
知的財産権を侵害する物品が国境を越えて移動することを阻止するため、日本の税関には強力な権限が与えられています。その法的根拠となるのは、関税法という法律です。
税関の取締りには、大きく分けて「輸入」と「輸出」の二つの局面があります。
輸入差止:国内市場を守るための防壁
日本国内に流入しようとする模倣品を食い止めるための措置です。根拠となるのは関税法第69条の11です。
関税法第69条の11(輸入してはならない貨物)
第1項 次に掲げる貨物は、輸入してはならない。
九 特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、著作隣接権、回路配置利用権又は育成者権を侵害する物品
この規定により、商標権を侵害する偽ブランド品や、著作権を侵害する海賊版等は、日本国内への持ち込みが厳格に禁止されています。
輸出差止:ブランドの信頼を維持するための措置
日本から海外へ向けて模倣品が流出することを防ぐための措置です。根拠となるのは関税法第69条の2です。
関税法第69条の2(輸出してはならない貨物)
第1項 次に掲げる貨物は、輸出してはならない。
三 特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、著作隣接権又は育成者権を侵害する物品
近年の法改正により、輸出についても知的財産侵害物品の取り締まりが義務化されました。日本を経由地として第三国へ模倣品を運ぶ行為や、日本国内で製造された模倣品が海外市場を荒らすことを防ぐ役割を果たしています。Tさんのブランドロゴを付した製品が、万が一日本から海外へ再輸出されるような事態になれば、この条文が防衛の根拠となります。
「輸入差止申立制度」の仕組みと活用のメリット
税関が自動的にすべての模倣品を発見してくれるのが理想ですが、膨大な貨物の中から特定の権利侵害を見つけ出すのは容易ではありません。そこで、権利者であるTさんが自ら税関に対して「私の権利を侵害する物品を止めてください」と依頼する制度があります。これが「輸入(輸出)差止申立制度」です。
関税法第69条の13(輸入差止申立手続)
第1項 特許権者、実用新案権者、意匠権者、商標権者、著作権者、著作隣接権者、回路配置利用権者又は育成者権者は、自己の権利を侵害すると認める貨物が輸入されようとする場合において、税関長に対し、当該貨物が輸入されようとする際に当該貨物を差し止めるべきことを申し立てることができる。
Tさんがこの申立を行うことには、以下のようなメリットがあります。
・高い費用対効果
税関に対する申立自体の手数料は無料です(弁護士への依頼費用や必要書類の調達費は別途発生します)。個別の模倣業者に対して民事訴訟を起こすには多額の費用と時間がかかりますが、税関申告は一度の受理で全国の税関(函館、東京、横浜、名古屋、大阪、神戸、門司、長崎、沖縄)に効力が及びます。
・公権力による強制力
税関職員が検査において「疑わしい貨物」を発見した場合、職権でその貨物を一時的に留め置くことができます。これにより、被害が拡大する前に物理的に流入を阻止できるのです。
・情報の集約
認定手続の過程で、輸入者の氏名や住所、発送元の情報などが判明することがあります。これらの情報は、その後の損害賠償請求や刑事告訴といった法的手段を講じる際の貴重な証拠となります。
以下の表は、税関への差止申立に必要な主な要件を整理したものです。この表はワード等の文書作成ソフトへそのまま貼り付けて使用可能です。
【税関への差止申立における必要要件一覧表】
必要項目の名称|具体的な内容の説明
権利の存在を証明する書類|特許証や商標登録証の謄本、権利関係を証する書面等
権利侵害を疎明する証拠|模倣品の実物、写真、カタログ、真正品との比較表等
侵害物品の特定情報|輸入(輸出)される可能性のある業者名、航路、空港名等
識別ポイントの解説|税関職員が検査で見分けられるよう、真贋判定の基準を明文化したもの
委託調査の同意|必要に応じて、専門機関へ鑑定を委託することへの同意
認定手続のプロセスと法的な戦い
税関で疑わしい貨物が発見されると、「認定手続」と呼ばれるプロセスが開始されます。これは、発見された貨物が本当に権利を侵害しているかどうかを判定するための準司法的な手続きです。
通知の発信
税関長は、権利者(Tさん)と輸入(輸出)者の双方に対し、認定手続を開始した旨を通知します。この際、権利者には輸入者の名称や住所が、輸入者には権利者の名称等が通知されます。
意見書と証拠の提出
双方には、一定の期間内に「自らの主張」を裏付けるための意見書や証拠を提出する機会が与えられます。
関税法第69条の12(輸入してはならない貨物に係る認定手続)
第1項 税関長は、第九号から第十一号までに掲げる貨物に該当する疑いがある貨物を発見したときは、当該貨物が当該各号に掲げる物品であるか否かを判定するための手続(以下この条において「認定手続」という。)を執らなければならない。
第3項 税関長は、認定手続を執るに際しては、当該貨物に係る知的財産権の権利者及び当該貨物を輸入しようとする者に対し、当該貨物が当該権利者の権利を侵害するか否かについて意見を述べ、及び証拠を提出する機会を与えなければならない。
この段階において、輸入者側からは「これは真正品である」「権利を侵害していない」といった反論がなされることが一般的です。特に問題となるのが「並行輸入品」であるとの主張です。
並行輸入品と商標権侵害の境界線
Tさんの悩みの種となるのが、並行輸入の主張です。海外で正規に流通している商品を、正規代理店を通さずに輸入することは、原則として商標権侵害にはあたらないとされています。しかし、何でも許されるわけではありません。日本の最高裁判例(フレッドペリー事件等)により、並行輸入が適法とされるためには以下の三つの要件をすべて満たす必要があるとされています。
1.商標が適法に付されていること
海外の商標権者、又はその許諾を受けた者によって商標が付されたものであること
2.同一性の要件
日本国内の商標権者と、海外の商標権者が同一、又は法律的・経済的に同一とみなせる関係にあること
3.品質管理の要件
輸入された製品の品質が、日本国内の商標権者が流通させる真正品と実質的に差異がないこと
もし、海外の業者がTさんの許可なくロゴを付した「ニセモノ」であれば、上記1の要件を満たさないため、並行輸入としての抗弁は成立しません。また、勝手に改変を加えたり、著しく品質が劣化していたりする場合も、3の要件に基づき侵害と判断される可能性があります。
これらの複雑な法的解釈を、短期間の認定手続の中で的確に主張しなければ、貨物は解放され、国内に流通してしまいます。
以下の表は、認定手続において主張すべき主要なポイントをまとめたものです。
【認定手続における主張ポイント整理表】
主張すべき論点|具体的な反論・立証の内容
商標の同一性|貨物に付された標章が、登録商標と同一又は類似であることの立証
権限の不存在|輸入者や海外の発送人が、商標の使用許諾を受けていないことの証明
品質の相違点|真正品には存在するセキュリティタグや特殊な縫製の欠如の指摘
並行輸入の否定|判例の三要件に照らし、当該貨物が適法な並行輸入品でないことの論証
不利益の疎明|当該貨物の流通が、権利者の営業上の利益を著しく害することの説明
特許権侵害物品の認定と担保金制度
Tさんの扱う製品に、商標だけでなく特有の「技術」が含まれており、特許権を取得している場合には、さらに慎重な手続きが必要となります。特許権の侵害判定は高度に専門的であるため、税関長は必要に応じて「専門委員」から意見を聴くことがあります。
また、特許権や意匠権の申立に際しては、輸入者が不当な差止によって受ける可能性のある損害を補償するため、権利者に「担保金」の提供を求める制度があります。
関税法第69条の15(輸入差止申立手続に係る担保金等)
第1項 税関長は、特許権、実用新案権又は意匠権に係る輸入差止申立を受理する場合において、当該申立により当該貨物が差し止められることによつて輸入者が被るおそれがある損害の賠償を担保するため、申立人に対し、相当と認める額の金銭を、担保として提供すべきことを命ずることができる。
商標権や著作権の申立では原則として担保金は不要ですが、特許関連の場合はこの資金的な手当てについても考慮しておく必要があります。Tさんの事業規模に合わせて、どの権利を優先的に守るべきか、戦略的な判断が求められます。
専門家としての弁護士によるサポートの重要性
税関を活用したブランド防衛は、一度仕組みを作れば非常に強力ですが、その過程では高度な法理と迅速な事務処理が求められます。当事務所では、代表弁護士が通関士の資格を有しており、以下のようなトータルサポートを提供しております。
1.差止申立書の作成と提出代行
煩雑な必要書類の整備から、税関当局との事前調整まで、確実に申立が受理されるようサポートします。特に、税関職員が真贋を判定しやすい「識別ポイント」を言語化する作業は、実務を知り尽くした専門家の腕の見せ所です
2.認定手続における専門的な意見書の作成
貨物が止まった際、輸入者側からの「真正品である」との反論に対し、商標法や判例法理を駆使した精緻な反論意見書を迅速に作成します。このスピード感が、没収・廃棄という最終的な成果を左右します
3.模倣業者に対する追及
税関で判明した情報を元に、現地の製造業者や国内の販売者に対し、警告書の送付や損害賠償請求の提訴、さらには悪質な場合は警察への告発など、毅然とした法的措置を講じます
4.グローバルな模倣品対策のコーディネート
海外のECサイトへの削除要請(テイクダウン)や、輸出先の国々における現地税関への協力要請など、日本国外での権利保護についても連携事務所と協力して対応します
弁護士を戦略パートナーとして活用することで、Tさんは日々の運営に集中しながら、背後では強力な法的守護を得ることができます。
AEO制度とコンプライアンスの相乗効果
Tさんが将来的に事業をさらに拡大し、特定の優遇措置を受けられる「AEO(認定事業者)制度」の利用を目指す場合、自社の知的財産管理体制を整えておくことは大きなアドバンテージとなります。
AEO制度は、法令遵守(コンプライアンス)体制が整った事業者に対し、通関手続きの簡素化や迅速化を認める制度です。自らの権利を適切に守り、他者の権利を侵害しない体制を構築していることは、税関からの信頼を得る上で極めて重要な要素となります。
以下の表は、ブランドオーナーが定期的に実施すべき「知財防衛自己チェックリスト」です。
【ブランドオーナーのための知財防衛自己チェックリスト】
チェック項目|確認内容の詳細|実施頻度
権利の更新確認|商標権の存続期間が満了に近づいていないか|年1回
模倣品の監視|主要なECサイトやSNSで自社ロゴの無断使用はないか|月1回
識別資料の更新|真正品の仕様変更に伴い、真贋判定基準を更新したか|随時
契約の履行確認|ライセンシーが契約外の販路へ横流ししていないか|四半期ごと
税関申告の有効性|差止申立の有効期間(最長2年)が切れていないか|年1回
結論:権利は主張しなければ守れない
知的財産権は、単に特許庁に登録しただけでは、その真価を発揮しません。権利者が自らその効力を主張し、侵害に対して断固たる措置をとる姿勢を示すことで初めて、模倣業者に対する強力な抑止力となります。
Tさんのように、日本から素晴らしいブランドを発信しようとする事業者が、不当なコピー品によってその努力を無にされることは、あってはならないことです。税関という国家機関を正しく、かつ戦略的に活用することで、ブランドの純潔を守り、健全なビジネスの成長を継続させることができます。
「海外でコピー品が出回っているようだ」「日本にニセモノが入ってきているかもしれない」といった不安を感じた際は、直ちにご相談ください。初期対応の迅速さが、ブランド被害を最小限に抑える唯一の鍵となります。
輸出・輸入や通関に関するトラブル、模倣品対策、税関対応等でお悩みの場合には、ご遠慮なく当事務所までご相談ください。通関と知的財産権の両面に精通した専門家として、皆様の大切なブランドと技術を守るために全力を尽くします。
お悩みをご相談いただくことで、不透明なリスクを排除し、確固たる信念を持って事業を推進していただくことができます。
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東京大学法学部及び東京大学法科大学院卒。弁護士登録後(東京弁護士会所属)、都内法律事務所で執務。都内法律事務所での執務時に、税関対応・輸出入トラブルをはじめとした通関・貿易に関する問題、労働問題等を中心に100件以上の案件に携わる。その中で、通関・貿易に関する問題についてより広く網羅的な知識を取得し、より高品質なリーガルサービスを提供したいと考え、通関・貿易関係の国家資格である通関士の資格を取得。